引退試合
現在はベイスターズのフロント職員として働く新沼慎二さん。今年もベイスターズの試合でベンチ入りしている様子がしばしば見受けられましたが、僕は彼のことを密かに「ミスター湘南シーレックス」だと思っています。
湘南シーレックスが誕生した2000年から廃止された2010年まで毎シーズン欠かさずシーレックスのユニフォームに袖を通し続け、そして最後の2010年についに一軍定着を果たした新沼さんこそがシーレックスの生き字引ともいうべき存在で、その全てを担ってきたと言っても過言ではないと僕は考えているからです。
しかし、その新沼さんが一軍定着を果たしたのも束の間、その翌年の2011年、チームから戦力外通告を受けて、現役を引退する事となりました。
チームは新沼さんの長年の功績をたたえ、引退試合を執り行いました。
引退試合後のセレモニーで挨拶をした当時の中畑監督は、彼のことを「大した選手じゃなかったが」と言いました。
なにもこんな場面で、ご家族や大勢のファンを前にしてそんな事を言うのは無粋だと思いましたが、ただ、確かにその通りだとも思いました。
僕は新沼選手がとても好きで、それまで何度となく「野手転向すればいいのに」と思い続けてきた人ですが、ただ、これまでの既成概念の中で言えば引退試合をするほどの選手だったとは言い難く、全く新しい概念の引退試合がここに誕生したのだな、と思いました。
長年の功績に感謝をしたり労ったり、選手が現役と決別するための区切りをつけるための儀式は非常に重要で、その事の意味を改めて考えるようになったキッカケとして、新沼さんの引退試合は今でも僕の胸に深く刻み込まれています。
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先日行われた三浦大輔選手の引退試合は、球史にその名を残すといっても大げさではない、極めて歴史的な引退試合となりました。
僕がこれまで見てきた中で最も印象に残った引退試合は村田兆治さんが黄金時代真っ只中の西武ライオンズを5回完封(雨天コールド)した試合なのですけれども、三浦大輔選手の引退試合はそれとはまた別の意味で、球史にその名を残す素晴らしい引退試合だと深く感じ入りました。
皆様ご承知の通り、三浦選手は完膚なきまでに打ちのめされました。
それはあたかも、あしたのジョーの世界観を再現したかの如く、でありました。
あしたのジョーの最終話で、ホセ・メンドーサから何度もコークスクリューを浴びせられながらも屈すること無く判定まで持ち込んだ、矢吹丈の姿が重なって見えて仕方がなかったのです。
何度となく、もうダメだと思いました。僕がリングサイドにいたら間違いなくタオルを投げ込んだでありましょう。だけれども、ラミレス監督は最後までタオルを投げませんでした。その瞬間、ラミレス監督は丹下段平になったのです。
三浦選手は打席でヒットを放ちました。矢吹丈が対戦中にコークスクリューを習得して、メンドーサにコークスクリューを浴びせる場面がオーバーラップしました。
そして僕は、来年から野手転向して右の代打として活躍する三浦選手の姿を夢見ました。昭和のスポ根マンガみたいな世界観がごった煮になって、三浦選手の引退試合をますます濃厚に彩りました。
ベイスターズの選手たちにも、対戦したヤクルトの選手たちにも、これ以上無い勉強になったと思います。いや、勉強と呼べるような柔らかいものではなかったかもしれません。一流の生き様とはこうだ。ここまでやってこそ一流なんだと、目の前に大きな壁を突きつけられた思いかもしれません。
それは球場やテレビやネットを通して応援している我々に対しても突きつけられる、とても大きくて険しい壁のようでありました。
こんな果てしなく大きな壁を、我々は乗り越えていくことが出来るだろうか。
ただ感動をありがとうと一時的に涙を流して終わるようなさわやかな引退試合ではありませんでした。
だからこそ僕は、球史にその名を残す素晴らしい引退試合だったと、そう感じずにはいられないのであります。
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中日ドラゴンズに移籍していた多村選手、阪神タイガースに移籍していた鶴岡一成選手がそれぞれ引退を発表しました。
毎年この時期は色んな選手が引退を発表して暗い気持ちになるものですけれども、こと今年に至っては、三浦選手といい多村選手といい鶴岡選手といい、僕にとって暗くなるとか重くなるとか、とにかく辛い発表ばかり相次いで、正直な所クライマックスシリーズで喜ぶ気持ちなど雲散霧消しております。
言いたいことは山ほどありますが、未練は横に置いておくとして、ぜひベイスターズ球団にお願いしたいことがあります。
それは、来年春のオープン戦で、多村選手鶴岡選手を一日契約して、そして引退試合を開いてほしいのです。
多村選手はソフトバンクにも中日にも所属した選手ですが、しかしどこのチームの選手だったかと言えば、それはやはり「ベイスターズの多村」選手だったという思いが強いのです。鶴岡選手も「ベイスターズの鶴岡」ではないでしょうか。
その多村選手の最後が、中日球団の報道陣控室の隅っこで申し訳程度に引退会見を開いて終了だなんて、あまりにも無情過ぎると思うのです。
多村選手鶴岡選手こそは、最後に大勢のファンに見送られて盛大にその瞬間を終えるべきスター選手では無かったかと、そう思うのです。
ベイスターズは暗黒時代に幕を閉じ、過去の清算をする時が来ました。
だからこそ、この機会にお願いしたいのは、多村選手鶴岡一成選手の引退試合もやって欲しいし、もうだいぶ前に引退してしまったけれども、谷繁さんや佐伯さんへの過去の功績を称えるセレモニーを開いて欲しいと思うのです。
そういう、儀式が必要なのではないでしょうか。
過去のわだかまりを全て清算し、皆が笑顔で握手をし、新生ベイスターズが黄金時代を迎えるにふさわしい、そういうムードを熟成するべきではないでしょうか。
新沼さんの引退試合は過去の既成概念とは少し違う趣があったと書きました。だからもう、既成概念にとらわれる必要がなくなったと言えます。引退試合は最終所属球団で、という因習だって、もう気にする必要は無いのではないでしょうか。
ぜひともベイスターズ球団にて、多村選手鶴岡選手の引退試合をやって欲しいと、切に願う所であります。
以上