ベイスターズを二軍中心に見守るブログ 本店

毎年20~30試合ほどベイスターズ二軍の試合に足を運ぶ我慢強い男のブログ。野球関連の問題提起や将来へ向けた改革提案等も

僕が選ぶ 2018年ベイスターズ五大ニュース

 

 早いもので、もう今年も残す所数時間となりました。

 

 40年も生きておりますと、もはや年越しなんかどうでもよく、ただカレンダーの刷新作業に取り掛かるタイミングというくらいの感慨しかありません。ソバも食いませんし紅白も見ません。見たかった孤独のグルメの特番は山梨県では放送されません。チーン。

 

 

 というわけで、ストロングゼロでも飲みながら、今年のベイスターズの五大ニュースなどを考えていきたいと思います。

 

 

5位 村田修一選手を獲得せず

 

 誰もが「どこか獲るだろう」と信じて疑わなかったBCリーグ栃木の村田修一選手がNPB復帰の願い叶わず現役引退を表明した事は、いまだに悔やまれてなりません。

 

 特に古巣のベイスターズが手を挙げなかった事が大きかったと思います。

 

 ベイスターズは今年約270回の代打を送っていますから、1試合平均で約2回の代打を出したことになります。

 それでいて、戦力外から獲得して代打要員を務めた中川大志選手の代打率が.200、同様に戦力外から入団の田中浩康選手が代打率.188と、期待に応えたとは評し難い数字に終わっています。

 

 であるからこそ単純に戦力として村田選手の存在が必要だったと言えると思いますし、そういう判断を出来なかったベイスターズのフロントに失望感を禁じえませんでした。

 

 

 4位 予想外の戦力外通告

 

 10月1日から始まる戦力外通告は毎年の出来事でありながら、しかし毎年のように我が身が切り捨てられるかのような辛い感情に打ちひしがれて、そしてそれはいつになっても慣れる事がありません。

 

 そんな中で今年、また例によって10月初旬に戦力外通告を受けた選手の顔ぶれを眺めたわけですが、とりわけ意外に感じたのが、支配下の荒波選手、そして育成の網谷選手と山本武白志選手、この3名でしょうか。

 そしてまた意外なこと続きで、この3名はいずれもすぐに移籍先が見つかるだろうと思っていたのが、一番可能性の高そうな荒波選手の行き先が決まらず、網谷選手は社会人野球のヤマハ野球部、そして山本武白志選手に至っては引退表明と、いつにも増して厳しい情勢となりました。

 

 近年のNPBは一部の例外球団を除けば和製大砲の育成を半ば諦めてしまったような傾向もあって、それが網谷選手や山本武白志選手の厳しい状況に繋がったというのが僕の見立てで、荒波選手について言えば、足の故障が懸念されたという感じでしょうか。

 

 いずれにせよ、本当に無念という他ありません。

 

 

 

3位 京山選手、チーム先発陣で2位となる6勝をマーク

 

 今永選手や濱口選手や東選手のように入団初年度から先発ローテで二桁前後勝つピッチャーもありがたいものですが、ただ、「自前で育てた!」と素直に喜んで良いものか、複雑な気持ちがありました。

 それはあたかも、完成した状態で納品されたタミヤのラジコンを手に「俺が組み立てたんだぜ!」とドヤ顔するかのような、いまいち座り心地の悪さみたいなものが僕にはあったのです。

 

 ですから、入団二年目で、正真正銘の「自前で育てた!」と胸を張れる存在たる京山選手が開幕から無傷の3連勝を達成した時には、いよいよこの時が来たんだと、本当に嬉しく思ったのです。

 それで4勝目を賭けて臨んだ横浜スタジアムのデーゲームで、よりによって負け慣れている事で知られる僕がスタンドで見守っていたがためにボッコボコに打たれて初敗北を喫した時には、これはひとえに僕のせいに違いないとの横浜地裁の判断に基づき山梨への流刑を言い渡されたのも、致し方のない事でありました(※)。

 

※ 京山選手は僕が見に行ったファームの開幕戦でもボッコボコに打たれている

 

 来季入団2年目を迎える阪口選手もラミレス監督の覚えもめでたく来季の1軍入りは確実とも言える情勢のようですし、いよいよ先発ピッチャーも自前で育てちゃうベイスターズの時代がやってきたなぁと、感慨深く感じている所です。

 

 

2位 V逸

 

 常識的なベイスターズファン諸兄ならば「CSに出られなかった」くらいの強度で書くべき案件だろうと思いますが、そうは言っても昨年の11月に日本シリーズで2勝して3勝目もあと僅かという所まで上り詰めた我らがベイスターズですから、いまさらCS云々なんていう低い目標でグラついてはなりません。「V逸」という二文字で語られるべき時、それが今なのです。

 

 昨年はおおむね安定していた先発投手陣が揃って大不振に陥ったりロペス選手が故障で離脱する時期が長かったりと計算外の出来事があったのも確かですが、ただまぁ、4位に終わった原因の大部分はラミレス監督のご乱心だっただろうと、最終的な3位とのゲーム差を見て、改めてそう思いました。

 

 シーズンが終わるのと同時に監督とコーチ陣の間で不協和音があった等と大々的に報じられて監督自ら謝罪したり協調路線が表明されたり、そして不協和音を解消するのにもってこいな感じのする三浦大輔さんのコーチ就任の報があったりして、同じ過ちを繰り返す事はどうやら無さそうだぞという感じもありますので、来季こそはリーグ優勝から堂々と日本一を勝ち取って欲しいものだと、僕は頭を切り替えております。

 

 

 

1位 高城選手の放出

 

 僕が今年最も衝撃を受けた事態は、CSに出られなかった事でもなければBCリーグ静岡の設立がボツになった事でもなく、彼こそが将来のベイスターズを背負って立つ男だと密かに思っていた高城選手をオリックスに放出された件、なのであります。

 

 特に高城選手を贔屓にしていたわけでは無いのです。ただ、「扇の要」たるキャッチャーという重要ポジションを高卒1年目から1軍で務めてきてそれなりの経験を積んできましたし、守備力も申し分ありませんし、明るいキャラクターがまさにベイスターズの明るい未来を予感させるから、だから高城選手こそがベイスターズのど真ん中で、背負って立つのだと、そのように密かに考えてきたのです。

 

 今回のトレードでキャッチャー陣の年齢バランスがかなり偏ってしまったのも気掛かりです。

 

 この前のドラフトで指名した高卒ルーキー1名を含めて現時点で総勢6名しかおらず、そのうち4名が30歳前後(西森、戸柱、伊藤、嶺井)で、残る2名が20歳前後と、極端過ぎやしないでしょうか。もしも高城選手を残していたらこの中間にうまい具合にはまってバランスが保たれていましたし、リーグ最少の6名体制というのも不安でなりません。

 

 出された高城選手は結局オリックスの1軍では1試合も出場する事ができませんでしたから、オリックスがどうしても彼を欲しかったという印象は持てません。だからなおのこと、不満が募るのです。

 

 過ぎたことをグチグチ言うなと言われればそれまでですが、シーズンを終えた今尚、僕には解せないトレードだったと申し上げたいと思います。

 

 

              ■

 

 

 4位に終わった今シーズンで一つ収穫があったとするならば、ファンの間で「CSに出られなくて悔しい」という気持ちが共有されつつある、という所でしょうか。

 

 ほんの数年前までのベイスターズファンの間では「最下位でも楽しければ良いじゃん」のような事を言う人が結構多くいらっしゃって僕はそれが非常に不満に感じていたのですが、この3年間の間でファンが勝つ喜びを学び、負ける悔しさを学んだという事が証明されたのが今シーズンだったと言えるのではないでしょうか。

 

 いくらチームが頑張ってもファンが緩いとチームは強くならないんだと、僕は川崎から千葉に出ていった某球団を見て実感をしております。

 

 ですから来季以降は、程よい厳しさを胸に、ベイスターズの躍進を支えていこうではありませんかという事で、締めくくりたいと思います。

 

 

 今年も一年ご愛顧いただきありがとうございました。

 

 来年も宜しくお願い申し上げます!

 

 

 

以上

 

 

 

今シーズン限りでベイスターズを去る選手たちへ

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www.baystars.co.jp

 

 ドラフト会議で指名された選手のお披露目が行われたり、FA宣言した選手の獲得競争が行われたりと華々しいニュースが色々と報じられる一方で、今後の身の振り方を考えなければならない、まさに切実な時を過ごしている選手もおります。

 

 プロ野球は厳しい世界だとは何度も聞かされて頭では理解しているつもりですけれども、いざ現実を目の当たりにしてみると、全くわかっていない自分がおりまして、何十年もプロ野球ファンをやっているのに、本当にこの問題だけはいつまでも越えられない、大きな暗闇のようなものだと、改めて噛み締めています。

 

 

 今シーズン限りでベイスターズを去る選手たちへ、これまでの感謝の気持ちを込めて、自分なりの感想を書き綴ってみたいと思います。

 

 

■須田幸太選手

 

 つまらない綺麗事を言うのは好きでは無いので率直な意見を書きますが、今年はファームで見ていて、非常に厳しいなと感じていました。それなりに球速の出るピッチャーだったのが140キロを少し超える程度しか出なくなり、球速の衰えをカバーするような大胆なモデルチェンジをする気配もなく、もどかしさを覚えたものでした。

 しかしながらベイスターズの中でもとりわけファンの多い選手でもあって、その大勢のファンの人達が心から納得出来る締めくくり方は無いものだろうかというのが、今シーズン終盤以降の僕の須田選手への見方でした。

 

 ベイスターズに入団してから数年の須田選手は社会人野球出身かつドラフト1位という立場と比べるといささか物足らない成績で、ファンからの評価も辛辣なものがもっぱらだったと思います。

 ですから、中畑政権最終年でようやく真価を発揮出来るようになった時は、これまでの努力が実って良かったなぁと本当に喜ばしく思ったものでしたが、その後が本当にあっけなく、それはあたかもセミの一生のようであったと、儚さを思わずにはいられません。

 

 喋り方を見ていると頭の良さが伺えますし、先発でもリリーフでも、そして長いファーム暮らしでも様々な事を学んできていますので、来年は1年位どこかの独立リーグチームにでも入って最後の完全燃焼をして、その上で指導者として再びベイスターズのユニフォームに袖を通す日が来たら、と願っております。

 

 お疲れ様でした。

 

 

■福地元春選手

 

 豪速球が武器のサウスポーで入団初年度はリリーフとして1軍で13試合に登板した実績を持ちますが、課題の制球難を気にするあまりどんどん球速が落ちていって、酷い頃は130キロ出るかどうかという時期もありました。

 

 制球難のピッチャーにとって重要な事は、経験豊富でキャッチングのうまいベテランキャッチャーだと僕は考えています。

 来年からコーチとしてベイスターズに復帰する鶴岡一成さんが現役時代に三嶋一輝選手や藤浪晋太郎選手から大変慕われていたように、実績十分なベテランキャッチャーにドンと構えてもらってリラックスして投げることで積み重ねる成功体験が、制球難のピッチャーにとても重要なのではないかと考えているのです。

 

 そういった意味において、福地選手は入ったチームが悪かったとでも言うしかありません。なにより入団初年度の頃はキャッチャー陣が揃ってキャッチングをボロカスに酷評される有様でしたので、どうしたって腕が縮こまってしまう環境下にあったと言えると思います。

 

 今でも忘れられないのが、昨年佐野選手がキャッチャーに挑戦した頃に、なぜか妙に福地選手と佐野選手の相性が良く、それまで140キロそこそこだった球速が150キロ近くまで戻ってきた事でした。

 これなら行けると思いました。今ならエスコバー選手がいますが、左投げで常時150キロを出せるリリーフピッチャーなどそうそういるものではありませんので、これで感覚を取り戻しさえすれば、必ずやベイスターズに無くてはならない存在になれると、当時は思ったものでした。

 

 トライアウトには参加したものの、今の所獲得に名乗りを上げるチームは出てきていないようです。左ピッチャーはどのチームも欲しがるものですから戦力外になってもどこかで再起を図る事例が少なくないのですが、福地選手を取ろうと考えるチームは今後出てこないものでしょうか。

 

 僕はまだNPBでやれるピッチャーだと思っていますので、お疲れ様は言いません。

 

 

 

■野川拓斗選手

 

 ベイスターズでは一軍でも二軍でもリリーフを任されてきたサウスポーです。

 

 なにかにつけてアニメの話題が持ち上がるほど有名なアニメ好きの選手ですが、僕はアニメのことがわからないので野球のことだけ書きますけれども、やはり自分ならではの特徴を出しきれなかったと言いましょうか。

 飛び抜けて速いボールを投げたという感じではありませんでしたが、コントロールはまずまず悪くなく、ファームの試合ではいつもそれなりの結果でまとめてくるという印象があります。

 

 しかしながら皆様御存知のようにベイスターズは他球団では類を見ないほどサウスポーが充実していて、リリーフだけでも砂田選手やエスコバー選手や田中健二朗選手がいて、さらに今季途中から石田選手がリリーフに転向したり中後選手が加入してきたりで、左のリリーフ特有の「一軍で試してみるか」的なトライアルさえ得られなかったという不憫さもあったように思います。

 

 一軍でそれなりに通用するためには一軍で投げて失敗して「自分に何が必要なのか」を肌身で知る事が重要だと思います。その為の機会が2年目以降全く無かったのも気の毒でした。

 

 トライアウトに出ず、今後の希望に関する報道も無いようですが、どこかのチームに獲得して貰えればそれが一番良いと考えています。

 

 

 

■亀井塔生選手

 

 高卒の育成選手としてベイスターズに入団したキャッチャーで、初年度からファームで試合にも多数出場していて当初から守備面の完成度が相当高かったのを記憶しています。

 

 高卒で入団してくる選手というのは一部の例外を除けばだいたい細身で、まだまだ時間をかけて体を大きくしていかなければいけないねという感想を持つもので、だから高卒の選手は大方4~5年は戦力外にならずに球団に残り続ける相場みたいなものになっているわけですが、亀井選手について言えば、何年経っても体が細いままで、それが僕は不満で仕方ありませんでした。

 

 近年のベイスターズは高卒のキャッチャーをあまり獲っておらず、それゆえ比較して語るのは高城選手くらいまでさかのぼってみなければなりませんが、高城選手は初年度から高卒1年目としては体の作りがしっかりしている方でしたけれども、そこからさらに年を追うごとに逞しくなっていったものでしたし、亀井選手と同期の百瀬選手も二遊間を守る選手としてあまり大きくなり過ぎてはいけないけれども、必要十分な成長を果たしていましたので、亀井選手の細さは目立って仕方ありませんでした。

 

 とにかく肩が強くてキャッチングも巧みで、そういった面だけで言えば高卒ルーキーの頃から一軍の選手と伍していけるだけの実力者でしたから、こういう結果で終わった事が本当に残念で仕方ありません。

 

 野球を引退して別の道に進むそうですけれども、良き人生を送ってくれるようお祈り申し上げます。お疲れ様でした。

 

 

田中浩康選手

 

 2016年の秋にヤクルトを戦力外となってベイスターズに移籍して、そこから2年プレーされました。

 

 田中選手のように他球団から移ってきたベテラン選手の評価は、単純に成績だけを見て考えて良い部分と、その数年後になってジワジワと効いてくる部分があって、この時点で軽々に口に出来ないと思います。

 そういう選手がチームに良い影響をもたらしたと我々ファンが知るのは、来シーズンになってからベイスターズの現役選手がマスコミの取材に対して「○○選手に教わった事が今に活きている」みたいなコメントを発するタイミングなのであって、今オフにベイスターズ復帰が決まった古村選手が富山サンダーバーズで同僚となった元巨人日ハムの乾選手から受けた影響云々みたいな話が、来年になってぽつぽつと出てくるようになって来るのを願いたい、という感じでしょうか。

 

 一時代を築いた田中浩康選手が最後の一仕事の場所としてベイスターズを選んでくれたことに感謝をし、良き指導者人生を歩んでくれることをお祈りしたいと思います。お疲れ様でした。

 

 

 

■網谷圭将選手

 

 高卒から育成選手として3年間ベイスターズでプレーしました。初年度の春のキャンプでは豪打を連発して勇名を馳せ、高卒の育成選手としては異例の一軍オープン戦帯同もありましたが、その期間中に大怪我をする不運もありました。

 

 最初からあれだけ大騒ぎされた選手ですから早々に支配下登録される可能性だってあるだろうと考えたベイスターズファンも少なくなかったと思いますが、あれから3年間、もがき苦しみ続けるだけで終わってしまい、育成契約の延長すら叶いませんでした。

 

 その原因は、ベイスターズファームの打撃コーチ陣の力不足に他ならないと僕は考えています。

 

 野球ファンの中には「コーチなんて誰がやっても同じ」と考えている人も結構な数がいるらしいですが、指導者が変わるだけで一気に成績を伸ばす選手が毎年あちらこちらに現れている以上、やはりそれは現実を見ていないと言わざるを得ません。

 いくら野球選手が個人事業主だからとはいっても、高校出たての18歳19歳にまともな指導もせずに結果を残せなどというのが土台無茶で、今オフで戦力外通告を受けた20代の野手3人は、その点がとても不幸だったと僕は感じています。

 

 トライアウトに出ず、その後の報道も全く出てこないのが大変不安なのですが、育成契約でも良いのでどこかのチームに入ってくれと、それしか考えられません。

 

 

■山本武白志選手

 

 お父様が元ロッテ監督の山本功児さんだという肩書ばかり先行してしまいますが、本人の実力も高校時代にホームランを量産していたのもあってドラフト会議の時は支配下ドラフトで指名されるのが当たり前のように見られていた大物選手でもありました。

 

 子供の頃から親子鷹で頑張ってきたものの、そのお父様を病気で早くに亡くしました。そういったストーリー性もあったからこそ頑張ってほしいという側面ももちろん否定できませんが、僕は入団時からの抜群の体格の良さと、そして往年の清原和博さんのようなクセの無い流れるようなしなやかなバッティングフォームがすこぶる良く見えて、きっと大活躍できるに違いないと、他の選手よりも多少贔屓目に見てきた部分があります。

 

 しかしながら、ファームにおいてもあまりに出場機会が少な過ぎました。公式戦の打席数は2016年103打席、2017年60打席、2018年110打席です。大怪我をして戦線離脱したわけでもないのにこれでは少な過ぎます。

 同期の青柳選手が2016年370打席 2017年204打席 2018年171打席、網谷選手が2016年38打席 2017年351打席 2018年138打席ですから、山本武白志選手だけかなり少ないのが見て取れます。

 実力がなかったから出られなかったのかと言えば、同程度か、上回っている場合もあって、実力主義でこの結果になったともみなせません。だからなおさら不満が強いのです。

 

 きっと現役を続けるだろうと僕は考えています。育成契約でも良いので、必ずどこかのチームに入って、その抜群のバッティングセンスを花開かせて欲しいと願っています。

 

 

 

■荒波翔選手

 

 かつてはベイスターズのレギュラーとして2年連続でゴールデングラブ賞を獲得した実力者が32歳の若さで戦力外になるというのも意外な事でしたが、戦力外にも色々あって、「うちのチームではポジションがないけど他のチームならレギュラーを取れるだろうから」という球団の配慮で戦力外にするというパターンも稀にあります。今回の荒波選手の戦力外はそういった事例であろう、と僕は考えていました。

 

 そして「戦力外の選手を他の球団が獲得できるのはトライアウトが終了してから」というルールに基づき、トライアウト終了後にヨーイドンでどこかのチームと契約するだろうと、それが既定路線だと思い込んで事態の進捗を眺めておりましたので、今の今までどこのチームに決まったとも、「○○球団が獲得を検討」という報道すらも無い現状を、どう受け止めれば良いのか、言葉に詰まっています。

 

 確かに近年の荒波選手の成績は奮いませんでした。2016年のラミレス監督初年度の当初の構想は荒波選手がレギュラーで桑原選手が控えに回るもので、実際開幕戦からスタメンで起用されましたが、1ヶ月と少々結果が出ず、チーム全体も打撃不振でこれ以上我慢して起用し続けてもらうわけにもいかずにスタメンから外され、さらには二軍落ち。そこからはレギュラーから程遠い生活を続ける事となりました。

 

 ただでは、荒波選手が1軍で起用されるにふさわしくない状況だったかといえばそうでもなく、不安定な起用かつスコアラー不在ゆえに数字を残しにくいファームでありながらも着実に数字を残し続けていましたし、一時期と比べれば格段に故障が減ってコンスタントに試合に出続けられる体質にもなったと思います。

 

 肩と足に定評があって試合に出続ければコンスタントに2割後半の打率を残せるというのはそうそう無い事ですから、来シーズンは必ずやどこかNPBのユニフォームを着て開幕一軍の地位にあるものと信じて疑いません。

 

 

 ■白根尚貴選手

 

 島根のジャイアンとして高校時代から人気選手として高い注目度を誇っていましたが、選手層が分厚すぎるソフトバンクで日の目を見ず、自らソフトバンクの育成再契約を蹴ってまで移籍してきたベイスターズでは1軍挑戦の機会をほとんど与えられないまま、ついにこの時を迎えてしまいました。

 

 白根選手はファームでも打率2割5分から2割6分くらいでホームランを量産したわけでも無いので、数字だけを見るとなかなかどう評価して良いのか難しい面もあるわけですが、本人の調子が良くファームの月間MVPを獲得していたような時期ですら一軍に上げてもらえず、結局2年間トータルで17打席しか1軍出場が無かったというのは、ただただ運がありませんでした。

 

 元々の才能の高さはプロも認めるほどなわけで、ちょっとしかキッカケで大躍進を果たすためにも、またどこかでプレーを続けられればと願っております。

 

 

 

                  ■

 

 

 今年の戦力外選手の獲得状況は例年と比べて少しスローペースな印象があります。トライアウトの後に秋季キャンプに呼んで入団テストをするような事例も増えてきているようですが、とにもかくにも、現役続行を希望する選手たちが一人でも多く、NPB球団のユニフォームに袖を通せるよう、願っております。

 

 また、来季以降ベイスターズ選手でなくなっても、これまでベイスターズの選手であった事を誇りに持ち、胸を張って良い人生を送ってくれるよう、心より、深く深くお祈り申し上げます。

 

 

 

以上

 

 

 

人はなぜ、野次るのか

 

 かつてのまだ親会社がTBSだった頃のベイスターズには、栗原治久さんとケチャップさんという二人の専属スタジアムDJがおられまして、主に栗原さんが一軍を、ケチャップさんが二軍(湘南シーレックス)の主催試合を担当されていました。

 時々、栗原さんの都合がつかない時はケチャップさんが一軍の試合を受け持つ場合もありました。

 

 栗原さんは元々FMヨコハマでDJをされている方でしたのでいかにもFMらしい洗練されたトークをするのに対し、ケチャップさんはお笑い畑出身で、オーソドックスなスタジアムDJぶりを発揮する事もありましたけれども、特に二軍の試合においては従来のスタジアムDJとは一線を画すような、観戦マナーの向上に非常に力を入れる側面も持ち合わせておりました。

 

 球場内で走り回る子供達に優しく注意し、球場最前列のフェンスに張り付いて観客席の視界の妨げになっている人に注意し、汚い野次を飛ばすファンの元に足を運んで懸命に説得を続ける、非常に特異なスタジアムDJ、それがケチャップさんだったと記憶しています。

 

                ■

 

 ケチャップさんがスタジアムDJを務めていた頃といえば、ベイスターズ暗黒時代の真っ只中にありました。ファンも選手もフラストレーションが最高潮に達しようかという時期ともなると、いやが上にもファンの野次、罵声が目に見えて増えるようになっていきます。

 

 それは一軍の横浜スタジアムのみならず、二軍の横須賀スタジアムにおいても同様の傾向を呈するようになっていきます。

 

 そこでケチャップさんは、汚い野次や罵声を飛ばすファンのもとに直接足を運び、一人ひとり真剣に向き合って、野次を止めるように、前向きな言葉で声援を送るように説得を続けるようになりました。

 

 汚い野次を飛ばすようなファンというのは往々にしてバックネット裏などの選手と近い位置に陣取る傾向が強いようで、したがってその声は選手の耳にダイレクトに届きます。ケチャップさんはその声の主の元を訪れて説得を続けました。

 素直に従う人もいれば、「俺は金を払ってきてるんだ!野次を飛ばして何が悪い!」と反発して、ケチャップさんの面前でさらに汚い野次を立て続けに繰り返すような強情な人もいましたが、ケチャップさんは努めて冷静に、時間をかけて丁寧に説得を続けました。

 

 

 たぶんですけれども、ケチャップさんが雇い主の球団から課せられた任務にそこまでの仕事は含められていなかったのではないかと推察します。

 さわやかな、しかし時に熱いトークで球場を盛り上げてくれればそれでいい的な事ではなかったかと思うのです。

 

 それに、マイクを通して球場全体に幅広く注意喚起するのとは違い、野次を飛ばす本人の元に足を運んで膝詰めで説得をするというのは、並大抵の負担では無いと思います。面倒くさいというか、気後れするというか、大変骨の折れる仕事ですけれども、それを自分に課されたミッションでもないのに担っていくというのは、なかなか出来ることではありません。

 

 

 ただ、そのおかげで横須賀スタジアムは平和に保たれておりました。確かに暗黒時代ではあるけれども、横須賀スタジアムには未来がありましたし、前向きに選手たちを応援する機運に満ち溢れていました。

 

 あの頃の横須賀スタジアムは素晴らしかったと今でも思いますし、ですから僕は今でもケチャップさんに感謝の気持ちを持ち続けています。

 

 

              ■

 

 

 僕は神奈川県川崎市の南部で育ちましたので、球場観戦のイロハのほぼすべてを、当時川崎球場を本拠地としていたロッテオリオンズの試合で学んだと言っても過言ではありません。

 

 昭和末期から平成初頭にかけての川崎球場といえば、特にお客さんが少なくて「観客席でファンがキャッチボールしている」とか「カップルが人目をはばからずにイチャイチャしている」とか「観客席でファンが流しソーメンをしている」などといった牧歌的な文脈で語られる事が多いと思うのですが、実際にはそういうのはほんの一部に過ぎず、だいたいの場所では非常に殺伐としていて、とにかくマナーが酷かったの一言に尽きると言えます。

 

 ロッテが負ければグラウンドにゴミを投げ込むのが当たり前。監督に向かって「有藤氏ね!」と野次るのも当たり前。酷いと試合のインプレー中に相手選手めがけて瓶を投げ込む輩まで現れ、金田監督自ら外野スタンド近くに来てファンに注意を促すような事件まで起きました。

 

 川崎球場がそういう場所であるというのは善良な川崎市の大人の人達は当然知っていましたので、ですから僕が川崎球場に行くのを自分の親は決して良い顔をしませんでしたし、大人に引率してもらった事もありませんでした。

 東京ドームや横浜スタジアム西武球場には大人に連れて行ってもらうけれども、川崎球場は子供たち同士で自転車かバスに乗って行く場所であり続けました。

 

 

 僕はそんな環境に身を置いておりましたので、周りの見ず知らずの大人達と一緒になって「有藤氏ね!」と野次っていましたし、試合後にはそこらへんに落ちているゴミを見境なくグラウンドに投げ入れては面白がっておりました。

 

 本当に、今思い出すと本当に恥ずかしく、穴があったら入りたいと真剣に思うくらいの黒歴史なのですけれども、負の歴史もまた後世に語り継ぐ必要があると思いますので、自戒を込めて書き残します。

 

 

               ■

 

 

 で、そういう過去を振り替えって改めて考えてみるわけですが、果たして汚い野次を飛ばす事に一体どのような意味や効果があったのかと言えば、プラスの効果など全く無かったと断言できると思いますし、マイナスの効果は語りきれないほど、山のようにあったと、これも断言できると思います。

 

 我々川崎市民がありとあらゆる汚い野次を飛ばし、ゴミを投げつけ、また冷淡な態度を取り続けた結果として起きた事は、ロッテの千葉移転でありました。

 

 野次ったりゴミを投げたりしつつも年に何十回も足を運ぶ憩いの場を、我々は失ってしまったのです。

 

 出ていかれて当然だったでしょう。当時のロッテ経営陣の判断は賢明であったと、今では理解できます。

 むしろ、あれだけ酷い扱いを受けてもなおその場に留まり続けるという方が理解できない事でありましょう。

 

 移転するだけに留まらず「オリオンズ」の名前さえ捨てられましたので、それくらい忌々しい過去だったのだろうと思いますけれども、それも致し方ないと、今では理解しております。

 

 ツンデレでは通用しないのであります。

 

 

               ■

 

sportiva.shueisha.co.jp

 この記事を読みました。

 

 森大輔選手は三菱ふそう野球部から自由獲得枠でベイスターズに入団した期待の星でありました。

 

 特に三菱ふそう野球部の練習場は僕の地元の川崎の平間という街にあり非常に親しみやすいチームですし、同じ年のドラフトでロッテの1位指名を受けた内竜也選手も平間の高校にいた生徒さんでしたので、この狭い、そしてこの名前からして取り柄のない地味な街から二人もドラフト1位が出たという事で鮮明に記憶しています。

 

 そして、ファームも含めて一度として登板機会を見ることもなく、なぜか選手なのに中国留学したという記憶だけを残してチームを去っていったわけですが、その背景にはこんな事があったのかと、あれから十数年経った今になり、色々と複雑な思いを持つに至りました。

 

 辛かったんだろうなと思います。

 

 野球少年だった僕みたいな人間にとってはプロのユニフォームに袖を通しているだけで雲の上の人物であるし、何かまるで別の生物とか、身分の違いみたいな感じさえしてしまうのですけれども、そんな人物でさえ、恐らく軽い気持ちで放ったであろう観客の野次の一つをその後十数年先まで気に病み続けているんですよ。

 

「本当は右投げなんじゃねぇの!」

 

  これを言った本人は、たぶんもう覚えていないんじゃないかと思いますよ。だけれども、言われた当人は十数年経った今でも覚えているんです。もちろん悪い意味で。

 

 こんなに重いことは無いと思います。

 

 

 僕も、言った本人が軽い気持ちで放った一言で傷ついた経験があります。もう10年は経ってるだろう一言を今でもふわっと思い出すことがあります。

 言った本人は軽い気持ちで言ってるんですよ。悪気はないんですよ。でも、言った本人に悪気があろうがなかろうが、言われた側からすれば関係無いんです。

 

 

 森大輔さんは、この記事から察するに、まだ相当引きずっているように感じられます。だから取材に対して涙をながすのでしょう。

 

 

                ■

 

 悪気は無いとか、軽い気持ちとか、いい年した大人がして良い言い訳では無いですよね。

 

 そんな事を、この森大輔さんの記事を読んで、改めて感じました。

 

 もちろんそれは自分自身が一番注意しなければいけない事ですから、あえてこうして文責みたいな意味あいをこめて、このように書き残しておこうと思います。

 

 

 

以上

 

 

 

 

 

 

 

ベイスターズの何がダメだったのか 2018秋

 

 

 開幕前は優勝を信じて疑わずにおりましたし、開幕からずっと不調でセリーグの下位を彷徨っている間も「なんだかんだ3位に滑り込んでCSに出るだろう」くらいの気持ちを持ち続けていたのですが、残念ながら久しぶりのBクラス転落と相成りました。

 

 ほんの数年前までAクラスどころか5位に上がるので精一杯だった我々ベイスターズファンからしてみれば、4位という順位を不満に思えるというのはある種の成長とも言えるのかもしれませんが、ただやはり、まだ4位という順位を前向きに捉えるには時間が短か過ぎます。

 

 まだまだ破裂しそうな何かが脳みその大部分を占めておりますので、破裂しないようにガス抜きをする目的で今日のブログエントリーをしたためたいと思います。

 

 

               ■

 

 

 今季のベイスターズは最後の2試合までCS出場の可能性が残るギリギリの戦いを続けてきたわけですが、ただ、内容的にはお世辞にも「上位争い」をしているような感じではなく、言い方は悪いかもしれませんが、他球団がそれぞれ自滅していく中で消去法的にこの地位を争わせて頂いているというような、勝ち取ったのではなく、タナボタで頂いた順位だという感想を持ちました。

 

 チームの力量とか戦いぶりに関して言えばラミレス監督体制になって3年間で最も弱かったと言って良く、勝率も過去3年間のワーストである.475(2016年.493 2017年.529)に留まっております。

 

 ですから、ラミレス監督が最終戦後に「責任を取る」と表明した際には辞任も有りうると、僕は感じ取りました。

 

 

 僕個人の考えとしては今季の反省を活かして来季もラミレス体制続行をというのがありましたが、仮に辞任するとなったとしても、それはそれで受け入れる覚悟もあった、とでも言いましょうか。

 

 それくらい、今年のラミレス監督はダメだったと、僕は感じています。

 

 

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 今年のベイスターズのダメさ加減を象徴する箇所として言及したいのが、打順や守備位置やピッチャーの投げる順番などなど、とにかくコロコロと変え過ぎたという事です。

 

 

 僕は思うに、日本人は環境の変化に脆いという特性というか弱点を持ち合わせております。

 

 

 例えば、筒香選手は打順が3番と4番で1つ違うだけで成績がずいぶん変わってしまい、3番ではダメだから4番に戻したという経緯が昨年ありました。それにも関わらず再び今季開幕を3番でスタートさせて、やっぱりダメで4番に戻しました。

 それがどういうわけかシーズン最終盤に1番を打たせてみたりして、やはり満足のいく結果は得られませんでした。

 

 

 宮崎選手はサードのレギュラーに定着してから急に首位打者を獲得しました。セカンドやらサードやら時にはファーストやらとたらい回していた頃は打率.250~.280でしたから、守備位置をサードに固定させて「サードの練習」「バッティングの練習」に集中させた効果が抜群に現れたと言えます。

 

 

 倉本選手は今季はセカンドにコンバートしたと言っていたのが、ある時はショートに戻してみたり、またある時はサードを守らせてみたりもしましたし、打順も毎日のように変わりました。その結果として、1軍定着以降ではワーストの成績に終わりました。一昨年打率.294だった選手が.232になってしまったのですから、これはチームとしても大きな損失に違いありません。

 

 

 レギュラー選手のスターティングオーダーが毎日不動だと見ている方としては飽きが来ますし、不振の選手がいつも通り起用され続けるのを見るのはとてもストレスが溜まるものですけれども、ただし、強いチームというのはほとんどオーダーが固定されているものです。

 若干、1つか2つくらいのポジションでレギュラー争いが繰り広げられて顔触れが変わる事はあるかもしれませんが、主砲が4番を打ったり1番を打ったりコロコロ変わる事は無いわけです。

 

 それは前例を踏襲せよと言いたいのでは無くて、それが先人たちの知恵なのであると言いたいわけです。

 

 日本人は環境の変化に脆い。だから打順や守備位置を変える時は慎重に慎重を期さなければならない。慎重さを欠いたならば、まず間違いなく失敗に終わるというのが先人たちの知恵なのではないでしょうか。

 

 

 かつてベイスターズでは鈴木尚典さんが2番を打たされたり4番を打たされたりした影響で調子を崩したり、内川聖一さんが故障の村田修一さんに代わって4番を任されたら急に打てなくなったりという経験を経てきておりますので、二度とこのような猫の目オーダーは止めるべきだと申し上げたいと思います。

 

 

                ■

 

 

 今シーズンのベイスターズは先発投手陣が大崩壊し、それがチームに大きな重しとなりました。

 

主だった選手の勝ち星の推移は以下の通り

 

石田健大 2017年6勝 2018年3勝 (-3勝)

今永昇太 2017年11勝 2018年4勝 (-7勝)

濱口遥大 2017年10勝 2018年4勝 (-6勝)

ウィーランド 2017年10勝 2018年4勝 (-6勝)

(敬称略 背番号順)

 

 リリーフとしてスタートした井納選手を除いて考えてみましても、散々な結果に終わりました。

 

 

 ではなんでこんな結果に終わったのか?という事を僕なりに考えてみたわけですが、このうちウィーランド選手を除く3選手については完投、もしくはなるべく長いイニングを投げる事を主眼に置いて開幕を迎えたのではなかろうか?そしてそれが力の入れ具合に作用して、立ち上がりからよく打たれるようになってしまったのでは?と、僕なりに推測しております。

 

 この3選手は昨年、降板後のインタビューでよく「ブルペンに迷惑をかけた」という類のコメントを発する事が多かったように思います。

 

 2017年は6回7回で降板してしまいリリーフピッチャーを多くつぎ込む展開の試合が多くなった反省から、2018年は完投できる回数を増やすとか、毎試合7回8回まで投げきれるようにする事を主眼に置き、スタミナをセーブするかのような、そういうピッチングをしてしまったのでは無いでしょうか。

 そしてそれが今季のような結果に終わった要因になったのではないでしょうか。

 

 

 ピッチャーの完投能力というのは、半分くらいは先天的なものじゃなかろうかと僕は考えています。

 

 元ベイスターズの山口俊選手はリリーフから先発に戻った2015年、シーズン途中から先発に戻ったにも関わらずその年だけで3完投(うち完封2)という離れ業をやってのけましたけれども、それはただ彼の身体能力がそうなっていたから急に先発に戻っても完投しまくれたという事ですし、巨人の菅野智之選手が今季8完封を達成したのも、やはり持って生まれた身体能力に起因する部分が大きいのではないでしょうか。

 

 ですから、スタミナとか完投能力といった部分で取り立てて秀でた能力を持っているわけではないピッチャーが「ブルペンに迷惑をかけまい」として急に長いイニングを投げようとするのは土台無茶があって、迷惑をかけないようにするつもりが、かえって砂田選手に70試合投げさせる事へと繋がってしまったのではないでしょうか。

 

 

 来季は、せいぜい「1試合の平均投球数を10球増やす」くらいの目標設定を置いて、初回からのピッチングが疎かにならないように初心に立ち返って頑張って欲しいとしか言いようがありません。

 

 

                 ■

 

  昨年の今頃はルーキーの細川選手がいきなり2試合連続ホームランを放って我々を喜ばせてくれたものでしたが、今季は残念ながら、これといった野手の新戦力は現れずじまいだったという感じがします。

 

 ルーキーの神里選手はデッドボールで故障離脱するまで素晴らしい活躍をしていましたが、2軍で力をつけて1軍の選手を脅かし始めた野手というのは、ファーム中心に見ている僕からしても、名前を挙げるのが難しいという感想です。

 

 野手の育成が停滞しているのであります。

 

 今季もリーグ優勝を果たした広島カープは充実一途のレギュラー陣に加えて今季は野間選手や西川選手といった新興勢力まで台頭し始めておりますので、このままでは追い上げるどころか差が広がる一方だという危機感を募らせております。

 

 

 だからこそベイスターズは育成に力を入れるべく、コーチの人選を真剣に悔い改めるべきだと申し上げたいと思います。

 

 

suguru0220.hatenablog.com

 

 これは去年の11月に決まったファームの組閣に関する僕の見解です。

 

 記事中にもありますように、ファームの打撃コーチとバッテリーコーチの人選に懸念を申し上げておりまして、それがおおむね不安的中と言いたいのであります。

 

 

www.sponichi.co.jp

 そういった意味においては名伯楽として名高い田代富雄さんをベイスターズに呼び戻すなど、球団もコーチ陣の人選をこれまでと違う方向性に持っていこうとしている雰囲気を感じますので、田代さんに次ぐ第二弾第三弾のビッグネームの招聘をお願いしたい所だと思います。

 

 

 

                ■

 

 

www.daily.co.jp

 

 今年のベイスターズの何がおかしかったのか。

 

 監督と首脳陣の軋轢など諸問題がいち早く明るみに出て、そしてその対応策として、恐らくチームの輪を取り戻すにはうってつけの人選であろう三浦大輔さんのコーチ就任の報などもありまして、来年はなんとかなりそうだという感じがしつつあります。

 

 

 なるべく早く来季のコーチ人事をまとめ上げて、来年のセ界制覇に向けてチーム一丸となってもらいたいものだと、本日の愚痴ブログを締めくくりたいと思います。

 

 

以上

 

2018年9月30日 ヤクルトvs横浜DeNA (横須賀) の感想

 

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 ファン歴の長い方や勘の良い方は既にお察しのことと思いますが、明日10月1日はNPB12球団の戦力外通告解禁日となります。

 

 ですので、明日、日付が代わったらヨーイドンで、スポーツ紙各紙のWEBサイトから「○○選手が構想外」等といったニュースが放たれるようになるものと思われます。

 

 

 また、今日行われたファームの最終戦においては、今季限りでベイスターズのユニフォームを脱ぐ事となる選手の最終出場が取り計らわれるのが慣例のようになっていたりもするので、ですので今日のような大型の台風が押し迫っている中でも、まさに万難を排してでも球場に駆けつけようと、僕は考えたわけです。

 

 

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 今日のスタメンはご覧の通りです。今週予定されていた6試合のうち4試合も雨で流れた事と、次の試合となる10月8日開幕のみやざきフェニックスリーグまで日が空く事等の理由もあって、今日は両チームとも選手交代が非常に頻繁で、「1人でも多くの選手を起用しよう」というベンチの意図が見えました。

 

 まずはベイスターズ先発の桜井選手ですが、1イニングを投げただけで降板してしまいました。今日登板する予定だったピッチャーが数多い上に、雨雲がすぐ近くまで来ていて途中で試合が打ち切りになる恐れがあったので、1イニングのみの登板になったと想像されます。

 

 僕は桜井選手をこの目で見るのは初めてで、いつも見たいと思っても行き違いになっていたので、最後に実現出来て嬉しいです。

 ストレートの球速は140キロ前後で、この1イニングだけを見た感想としては京山選手の左投手バージョンという印象を受けました。ベイスターズのルーキーピッチャーはだいたい球速を抑えめに、その分球の回転やコントロールを重視して投げる傾向がありますので、桜井選手もそういった形で学びを得て、徐々に球速も伸ばしていくようになるのかもしれない、と思いました。

 とにかく1イニングしか見られませんでしたのでそこまでの感想が浮かばないのですが、比較的1軍定着が早そうな感じがするという事だけ書いておきたいと思います。

 

 

 ヤクルト先発の山中選手も短い2イニングで降板です。初回はコントロールに相当苦しんでいて、関根選手にデッドボールを当て、細川選手にもハッキリと分かるフォアボールを許しました。その他にもあわやデッドボールという場面が有りました。

 山中選手は数少ないアンダースローのピッチャーですが、アンダースローのピッチャーは皆さん球速がそれほどでも無い人が多く、それゆえコントロールが生命線を握るわけですが、かつて見た渡辺俊介選手の現役晩年もそうでしたけれども、百戦錬磨のベテラン選手ですらかなり大きな幅でコントロールを乱すことがあって、山中選手もご多分に漏れず、そんな感じの苦労をしているようでした。

 コントロールに苦しむというのは若手ピッチャー特有かといえばそうでも無く、プロ野球選手の奥深い悩みの谷間を垣間見た、とか言うと大袈裟でしょうか。

 

 

 次に野手について。

 

 

 まずお断りをしておかないとなりませんが、僕は今日、台風の影響で高速道路が通行止めになる事が予めわかっていましたので、夕方の16時で球場を後にしてしまいました。6回裏ベイスターズの攻撃まで見届け、ウグイス嬢の「ピッチャー国吉!」のアナウンスに後ろ髪引かれる思いで、まさに断腸の思いで帰途につきました。

 

 

 なので6回までに出場した選手の感想しか書けませんが、その最後の6回裏、山下幸輝選手が右中間にソロホームランを打ちました。打った瞬間に「これはホームラン」とわかる、文句なしの放物線を描くホームランです。

 ただし褒めてばかりもいられません。あれは確か6回表、コントロールに苦しむ熊原選手がフォアボールのランナーを1.2塁に置いて、やっとの思いで打ち取ったサードゴロを、ややジャンピングスロー風味な格好で1塁に送球するも、送球が逸れてエラーとなりました。

 バッターランナーは右打者の荒木選手で、そこまで一刻を争うような状況でもありませんでした。だから丁寧に送球する場面だったわけですが、あの送球姿勢はTPOをわきまえない、ややもすれば「雑」だとも言えるプレーだと僕は感じました。

 僕は今年山下幸輝選手のバッティングを何度も褒めてきました。それと同時に、守備に対する苦言を何度か書いてきました。それが最終戦でも凝縮するように発生して、フラストレーションが溜まりました。

 今季限りでベイスターズのユニフォームを剥奪される選手たちの姿を見て、何かを感じ取ってくれたらと思います。

 

 

 もう一人挙げるとすれば、飛雄馬選手でしょうか。今季はいつ見ても堅実なバッティングで一日一善を達成しているような印象があって、今日も逆転タイムリー2ベースを打ちましたし、僕が帰った後ももう1本追加したようでした。守備も、定位置とは言い難いファーストにおいて、照明の暗い横須賀スタジアムでファウルフライが飛んでも安心して見ていられるくらい、実に堅実なものでした。

 バッティングに関しては今季に何かを掴んだように見えるのですが、恐らく彼は、一軍に上がると緊張して実力を発揮できなくなるタイプのような印象を受けています。彼が初めて一軍昇格して試合に出してもらった時の事はよく覚えていますが、最初の打席はガチガチに固まっているのがテレビ越しでもわかるくらいでしたし、守備ではエラーもしてしまったと記憶しています。

 それくらい真面目な青年だという事で、だから横須賀のファンからも深く愛されているんだろうと思いますけれども、本当に何か一つでもグッと来るような成功体験を掴んでくれれば、一気にスターダムにのし上がってくれるんじゃないかと、今日も思いながら見ていました。

 

 

 今日のヤクルトは投手も野手も中堅~ベテランクラスの選手が大挙出場していて、時節柄、あちらもあちらでいろんなものが内包されているんだろうなと感じながら見守りました。

 

 

 そんな中で、やはり目立ってしょうがないのがゴールデンルーキーの村上選手です。先日の一軍デビューではいきなりホームランを放って度肝を抜かれましたけれども、ファームに戻って一通りの動きを見て真っ先に感じたのは、守備が春先と比べて圧倒的に上達している事でした。

 元々彼は高校時代までキャッチャーでしたので、コンバートされたばかりのサードの守備が拙いのは致し方ない事なのですが、それからおよそ半年弱で打球への反応が良くなって守備範囲が広がり、グラブさばきもうまくなって捕球が安定してきました。高卒1年目の内野手としては充分評価できる所まで向上したと言えるでしょう。

 僕のこれまでの経験上で言えば、守備をしっかり努力できる若手選手は、その後もしっかり成長して1軍定着しやすくなります。きちんと守れるだけで1軍首脳陣が我慢しやすくなるのもそうですが、打撃がウリの選手が守備でしっかり努力しているというのは、それだけ野球に誠実に取り組んでいる証ですから、その人並み外れた努力が必ず生きてくるのです。

 プロ野球選手は皆努力しているのです。そこで更に一歩抜きん出てくるには、それだけの才能があるのも去ることながら、やはり人並み外れた努力と向上心が不可欠という事で、今日の村上選手からはそういった裏側の良い部分を感じさせてもらえたと思います。

 

 

 

 次にリリーフについて。

 

 

 今日は前もってスポーツ紙各紙の報道で、今季限りで引退する加賀選手が登板すると報じられておりました通り、4回頭からマウンドに上がって、引退登板では異例の1イニングを投げました。

 

 対戦したのはヤクルトの上位打線で、引退するピッチャーが相手だから忖度したというような雰囲気も全く無く、被安打1の無失点で最後の登板を終えました。

 加賀選手はルーキーの年に先発でデビューして、味方打線の援護に恵まれなかったせいで勝ち星には反映されませんでしたけれども、非常に素晴らしい先発ローテの柱として活躍してくれました。

 しかし、彼はいい意味でも悪い意味でも器用過ぎました。尾花監督の時代にリリーフピッチャーが不足しているからといってリリーフに回され、そこでもすぐさま順応して活躍してしまったが為に、それ以降、チームは5位に大差をつけられて最下位に沈んでいるような状況でも毎日のように投げさせられて、それで短命に終わってしまったんじゃないかと、僕は当時の首脳陣に対して恨めしい気持ちを、未だに持っています。

 最近ファンになったばかりの方はご存知ないかもしれませんが、彼はコンスタントに150キロ前後の速球を投げ、それでいてメンタルが強くてコントロールも良い、優秀な先発ピッチャーだったのです。

 それがどうして、まだ30代前半で衰えるような年齢でもないのに140キロも出ない軟投派ピッチャーになってしまったのか。悔やんでも悔やみきれない事です。

 

 加賀選手は必ずや良い指導者になりますので、来季は大きい背番号を背負って、指導者としてベイスターズのユニフォームに袖を通して欲しいと願っています。

 

 とにかく、お疲れ様でした。

 

 

 順番は前後しますが、3回から福地選手がマウンドに上がりました。福地選手といえばルーキー時代は150キロを超える豪速球を投げるリリーフピッチャーとして一軍で活躍した時期もありましたが、昨年今年と一軍での登板機会は無く、球速もルーキーの頃の面影が全く無い、140キロ前後しか出なくなってしまいました。

 去年は一時期、復活したと思える瞬間があったのです。当時キャッチャーに挑戦していた佐野選手とバッテリーを組むとなぜか不思議と球速が元通りに蘇り、かねてからの懸案だったコントロールも落ち着き、数字も防御率2点台まで上がってきたのです。

 ですから、当時ベイスターズに移籍してきたエスコバー選手と似たような感じで、左の剛速球リリーバーが2人も出来たら頼もしいなぁと非常に嬉しく思っていたのですが、今日、久しぶりに見た福地選手は、再び140キロ前後の球速しか出せない、どこか大人しい感じの、自信無さ気な雰囲気のピッチャーに舞い戻ってしまったように、僕には見えました。

 

 福地選手に来年があるのかどうかは僕にはわかりませんが、かつて三嶋選手が辿った道に非常に似ているように感じているのもありまして、どうか、三嶋選手のように復活させてあげられないものだろうかと願ってしまいます。

 

 

 その他、僕が球場を後にした6回までで須田選手、進藤選手、野川選手、熊原選手、藤岡選手が代る代るマウンドに登りました。

 

 須田選手のマウンドについては既に様々なSNSで取り沙汰されている通りです。まだ物事が公式に詳らかになっていませんので、あえて言及しないでおきたいと思います。

 

 

 

 ヤクルトは3回から2年目の寺島選手が2イニングを投げ、その後は古野選手平井選手と繋ぎました。

 

 寺島選手は昨年故障で出遅れがあったのは承知していますが、今日もいまいち本調子に程遠く、恐らく140キロ前後しか出ていなかったように思われます。松尾選手に許したベイスターズのチーム初ヒットもそうでしたが、球が高めに浮きがちで、何か前途多難を予感させるピッチングだったと思いました。

 

 

 

                ■

 

 

 というわけで今シーズンの最後の試合観戦を、志半ばの6回終了までで終えることとなりました。そのため万永監督の最後の挨拶も聞けませんでした。これが一年の締めくくりの恒例行事でしたので、モヤモヤが収まりません。

 過去にはチーム最終戦が雨で中止になって試合を見ることも出来なかった事もあったので、それを思えばまだ見られただけ良かった、とポジティブに捉えようと思います。

 

 

 1軍はクライマックスシリーズ出場をかけて最後の追い込みをかけています。なんだかんだギリギリで3位に滑り込むだろうというのがここ3ヶ月くらい保ち続けている僕の予想で、それは今でもそう思っておりますので、なんとか今年もクライマックスシリーズ日本シリーズで、西武ライオンズとの20年ぶりの日本シリーズ決戦を果たしてもらいたいものだと思います。

 

 

 ひとまず、今シーズンも皆様大変お疲れ様でございました。

 

 

東京ヤクルト2-4横浜DeNA

勝:野川

S:田村

敗:古野

本塁打:山下(僕の推定飛距離115メートル)

観客数:僕の推定だと1500人くらい

 

 

 

以上

 

 

 

 

 

 

2003年のベイスターズが、僕にとっての原点だ

 

 僕がベイスターズのファンになったのは2002年で、その理由は「転勤先の名古屋から神奈川県に戻ってきてヒマになったから」という、実に軽薄なものに過ぎませんでした。

 

 子供の頃はパ・リーグ西武ライオンズが好きだったけど、ロッテが千葉に行ってしまったので地元の川崎ではプロ野球を見られません。だからその次に近い球場である横浜スタジアムに白羽の矢が立ったという、ただそれだけの事です。

 

 ただし、まだ心の片隅にパ・リーグ好きの地下茎みたいなものが残っていたので、だいたい半分くらいは東京ドームか西武ドームか千葉マリンまで行ってパ・リーグの試合を見ていました。

 

 これで本当にベイスターズファンなのか、自分自身ですら確証が持てなかった、それがファンになって最初の年の僕の立ち位置でした。

 

 

              ■

 

 その中途半端だった僕を一変させたのが、2003年、就任したばかりの山下大輔監督、および「大ちゃんス打線」を擁する、ニューベイスターズでありました。

 

 

 まず、ルーキーの村田修一選手がいきなり初年度から25ホーマーをかっ飛ばし、「Tウッズ」と電光掲示板に表示される事でお馴染みのタイロン・ウッズ選手は村田選手を上回る40ホーマーで本塁打王を獲得。開幕前には4番候補最有力とも言われた古木克明選手も22ホーマー、後に第一回WBC日本代表でクリーンナップを張ることとなる多村仁志選手も18ホーマーと、とにかくロマンしか無い、どこからどう見ても魅力しか見えない、それが2003年のベイスターズでありました。

 

  シーズンで94敗もした事を除けば、本当に横浜スタジアムに足を運ぶのが楽しくて仕方ない、そんな日々だったと思い起こされます。

 

 

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出典 2002年度新人選手選択会議 (日本プロ野球) - Wikipedia

 

 2003年にデビューを迎えたルーキーは上記の通りで、非常に多士済々でありました。

 

 村田選手は先述した通りの活躍を見せ、4位の加藤選手は僕と同い年で、なおかつ僕の実家から徒歩5分の場所に練習場がある三菱ふそう川崎出身という非常に愛着のわく選手でしたし、5位の吉村選手や10位の武山選手は現在も現役でプレーを続け、11位の木村昇吾選手はプロ野球引退後にクリケットに転身したといってニュースにもなりました。

 

 

 6位の北川選手は皆さんにとってあまり馴染みがないかもしれませんが、ベイスターズ愛を深め、ついにファームにまで足を運ぶようになった僕が真っ先に目にした横須賀の安打製造機です。

 1軍定着ならずに戦力外になったのはただただ不運だったという他ない素晴らしい選手でした。

 

 

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 2003年のベイスターズを語る上で欠かせないキーパーソンが3人いると僕は考えていて、1人は前年(2002年)に11勝を挙げて2003年の開幕投手に選ばれた吉見祐治選手。次は、やはり前年の2002年終盤に1軍で突如大ブレイクして一躍脚光を浴びた古木選手。

 

 そして最後は、この前の日曜日にBCリーグの栃木で現役生活に別れを告げた村田修一選手です。

 

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 この名前を挙げた3人を含めた当時のベイスターズの1軍定着していた選手の中で最後までプロ野球の第一線で活躍し続けたのは、他でもない村田選手その人です。

 

 村田選手はベイスターズからFAで出ていった選手だからベイスターズファンの中で彼を好ましく思わない人が少なくないのも存じ上げていますけれども、そうは言っても、辛いことのほうが多かった時代のベイスターズで中心選手であり続けた事には感謝をしていますし、僕が特別な感情を持つ数少ないプロ野球選手の1人でもあり続けました。

 

 僕は去年までは毎年のようにBCリーグの試合を見に行っていた人間ですから最後の舞台がBCリーグとなった事が悪いとは全く思っておらず、むしろ、BCリーグを最後の場としてくれた事に感謝の念すら持っている位ですが、ただ、それにしたって、まだ充分NPBの主軸として活躍できるだけの能力があった筈なのにという、無念としか言葉が出てこない、もどかしい、やりきれない思いが頭を埋め尽くしています。

 

 

 そして、恐らく一番やりきれない思いを抱えているであろう村田選手本人が非常に立派な態度で最後の日を迎えたのが、誇らしいとも感じました。

 

 

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 自分自身今年一年何をやってもうまくいかず、それどころか思いもよらないような散々な目に遭って気持ちが腐りそうになった事が一度や二度では済まされないのですけれども、それで、BCリーグで立派にやっている村田選手の姿が、僕にとって大きな励みになりましたよ。

 

 ですから、村田選手が引退してしまう事で何か大きな時代の一区切りがついたというか、楽しかったあの日々が完全に終わりを告げたと宣告されたというか、そういう寂しさを禁じ得ないのですけれども、とにもかくにも、村田選手に、楽しかった日々を与えてくれてありがとうございましたと、お礼を言いたい、そんな近頃の僕であります。

 

 

 

以上

 

 

2018年8月31日 埼玉西武vs横浜DeNA (横須賀) の感想

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 今日はルーキーの山本選手が未成年なのにも関わらず飲酒をしていたとして、ベイスターズ球団から発表がありました。

 未成年の飲酒に関しては人によっておおらかな解釈をする事もあるようですが、しかし法律で禁止されているものですから、ダメなものはダメだと、本人には猛省を促したいと思います。

 

 

 それにしても、山本選手は関西出身で今年初めて生活の拠点を関東に移したばかりの筈です。

 ですから、球団以外で一緒に飲み歩けるような知人友人が身近にいたのだろうか?という疑問がどうしても浮かんでしまいます。

 球団としては、もしも山本選手と飲み歩いたのが球団内部の人物であるならば、その人物にも何らかの形で処分を課すべきではないかと、そんな風に僕は考えます。

 

 

 それと、このタイミングで書くのもなんですが、実はベイスターズの某選手が親しいファンに自分の登板予定日(予告先発発表前)を喋っている、という情報を小耳に挟みました。

 

 ファン心理としては、自分が選手とそういった込み入った話をできる間柄なのだとつい自慢したくなるものらしく、TBSベイスターズの時代にもそういう話を聞いた事がありました。

 

 今は予告先発制度がありますから某桑田さんが処分されたような頃と比べて事前に登板予定日を外部に漏らす事の重大さは評価の難しい所がありますけれども、しかしあんまりよろしくない状況に思えますので、ベイスターズ球団には、とりわけ若手選手の綱紀粛正により一層の注意を払って頂きたいものだと、申し上げる次第です。

 

 

 

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 さて、本日の先発ピッチャーはベイスターズが平田選手、西武は高卒ルーキーの平良選手です。

 平田選手は今季一軍で先発した巨人戦で好投したものの再びリリーフに戻されてモヤモヤとしたものを感じていましたので、また先発に挑戦できるのか!と色めきだったものの、ただ単に先発ピッチャーの頭数が不足しているから、先発で出して2イニングで降板、という寂しい結果で終わりました。

 

 というわけで平田選手ですが、先述した通り2イニングだけ投げて1失点で勝ち負けつかずに降板となりました。立ち上がりは130キロ台のスライダーやシュート(たぶん)ばかり投げるも制球が定まらず、2イニングで42球も費やしてしまいました。

 変化球でカウントを稼げないからバッターはストレート狙いに徹してきて、変化球ばかり投げてフォアボールかストレートを投げて打たれるか、というピッチングでした。

 ストレートの球速が140キロ台中盤でいつもより若干抑えめな感じがして、だから長いイニングを投げようとしているのかもと思ったのですが、どうにも消化不良な内容でした。

 

 

 西武先発の平良選手は初めて見る気がしますが、初回からセットポジションで、初球から150キロオーバーの速球ばかりビシビシ投げ込んで、ベイスターズの荒波選手や中川選手ら1軍実績のある選手を圧倒する完璧な立ち上がりです。

 結局3回を投げ終えた所で降板してしまったのですが、3回に入って恐らくスライダーであろう変化球を多めに投げるようになり、その制球が定まらず、四死球で出したランナーをタイムリーで返されて1失点となりました。

 あの高卒ルーキーとは思えない恵まれた体格から最速153キロの剛速球をビシビシ投げ込む大変魅力的な選手で、場馴れしてくればおいおい160キロも夢では無さそうな、そんな期待を抱かせる大器だと感心いたしました。

 

 

 次に野手について。

 

 今年は少しだけ1軍昇格の機会があった飛雄馬選手が4打席立って3安打と1死球ですべて出塁を果たしました。

 

 前回見に来た試合でもそうでしたが、今年の飛雄馬選手は、ともすると当てただけと形容されるような軽打でヒットを稼ぐ場面が目に付きます。

 今日の1打席目と3打席目のライト前も速球をバットの先の方でちょこんと当てるような格好でライト前に運んだものでした。

 相手ピッチャーのボールがよく見えているんでしょうし、無理してフルスイングしなくてもヒットを打てるというリラックスした状態が好結果をもたらしているように見えますが、これまで十数年ファームを見てきて、この手の手法でヒットを稼ぐ選手は1軍でなかなか通用しないという感じもあったりして、なかなか複雑な思いで見つめております。

 

 もう恐らく崖っぷちまで追い詰められている立場でしょうから、なんとか一皮むけてムードメーカーぶりを発揮してもらいたいものです。

 

 

 ルーキーの宮本選手がレフトでスタメン出場し、最初の打席はゲッツー、2打席目3打席目はいずれも送りバントを失敗してキャッチャーへの小フライで凡退、と散々な結果に終わりました。

 とりわけ2度目のバント失敗後は腹立たしさのあまりバットをグラウンドに叩きつけてへし折り、折れた破片の一部をそのままグラウンドに残してベンチに帰ろうとして球審に呼び止められる有様でした。

 そして、恐らく懲罰的な意味合いもあるのでしょうが、その次の守備で青柳選手に交代させられました。

 

 宮本選手はルーキーとしては華々しいデビューを飾ったほうだと思います。1軍で代打でプロ入り初ヒットを初ホームランで決め、翌日はスタメン抜擢で2試合連続となるホームランを打ちました。

 この華々しいデビューと比して今の宮本選手はポジションが外野だったり打席では送りバントもろくに決められずに、まさに挫折の真っ只中と言えましょう。そのフラストレーションが、くだんのバット折りに繋がったのかもしれませんが、プロ野球選手の命とも言える商売道具をお客さんが見ている目の前で粗末にするというのは、論外という他ありません。

 

 

 そんな宮本選手に代わって出場した青柳選手は、試合開始直後から、なんとかして試合に使って貰おうと、ベンチに居る間も常にグラブをはめ、用もないのにベンチの前に出てきては首脳陣の前をウロウロする姿を見せ続けていました。

 なんとかして試合に出して貰いたいんだなと、その姿を見て彼の必死さを好ましく思いました。

 

 そしてその甲斐あって出場機会を得た青柳選手は、チャンスで回ってきた今日唯一の打席では結果を残せなかったものの、8回表2アウト23塁でレフトポール際に飛んできた、普通ならレフト線を抜けて逆転2ベースになるような大きな当たりを絶妙なタイミングでダイビングキャッチし、逆転されるピンチからチームを救う大活躍を果たしました。

 ベンチの前でウロウロして監督にアピールして良かったなぁ、と、僕はしみじみと、我が事のように嬉しく思いました。

 

 

 そして、青柳選手に代えられてベンチでその様子を見ていたであろう宮本選手は、それをどういう思いで受け止めたのか、そんな事を考えました。

 

 2打席連続で送りバント失敗は確かにしょっぱいですよ。だけれども、それをどうやって取り戻すか、大事なバットをへし折ってる場合じゃ無いだろう、青柳選手のように必死に守ってチームを救う事だって出来るじゃないかと、そんな事を思いました。

 

 宮本選手もまだ若いですし、入団1年目ですから精神的にも未熟な所もあると思いますけれども、失敗したらどうやって頭を切り替え、失敗を取り戻すか、そういう事をよくよく考えて欲しいものだと、僕は思いました。

 

 

 最後に、乙坂選手が5回の3打席目に足首付近にデッドボールを受け、そのままマウンド方向にもんどり打つように崩れ落ちて自力で立ち上がれずに、コーチに背負われてベンチに退きました。

 普段はデッドボールを受けても痛がる素振りをなかなか見せない乙坂選手ですから、あの痛がりようは尋常ではないというのが伝わってきました。

 どうか大したことがないのを祈りたいと思います。

 

 

 

 西武打線で特にこれといって目に止まった選手はおりません。

 

 呉選手と永江選手を見ながら、2人とも順調にステップアップして1軍で機会を貰えるようになるのもそう遠くないだろうなと言う所で、いきなり現れた源田選手という大きな壁で、思い描いていたものがめちゃくちゃになってしまっただろうなと、少し気の毒に思いました。

 特に呉選手は源田選手が入団する前まで、西武のショートのレギュラーは彼が取るだろうと思って見てきましたので、それがこうやって未だにファームの試合に出続けているのが、プロは厳しいなとか、強いチームのファームにはありがちな話だなとか、悲喜こもごもを感じました。

 

 

 次にリリーフについて。

 

 ベイスターズは3回から熊原選手が2イニング、5回加賀選手が1イニング、6回7回武藤選手、8回エスコバー選手、9回田村選手という小刻み継投です。

 

 その中で武藤選手について触れますが、2イニングを内野安打1本に抑える、ほぼ完璧なピッチングです。

 球速は従来どおり140キロ台後半付近が最速ですが、制球よく丁寧に打たせて取るピッチングでしたし、回跨ぎをしても調子の揺らぎみたいなものが一切なく、1軍復帰も遠く無さそうだと感じました。

 

 現在のベイスターズ1軍は先発陣が早めに降板する場面が少なく無く、それゆえ回跨ぎの出来るリリーフピッチャーが待ち望まれていると思います。石田選手がリリーフに配置換えされて与えられたのもそういうポジションですし、三嶋選手もそういう使われ方をしますので、武藤選手も回跨ぎをしっかりこなせるんだぞと、良いアピールが出来たと思います。

 

 

 西武の継投も小刻みで、4回玉村選手、5回6回中塚選手、7回大石選手、8回武隈選手というリリーフです。

 

 その中で大石選手について触れますが、ストレートの球速が140キロ程度しか出ておらず、かつての剛速球が完全に失われているように思いました。ドラフト会議ではハンカチ王子を抑えて6球団も競合した大物ピッチャーでしたから、この落差はもの悲しさを禁じえませんでした。

 球速が落ちた分制球が良くなったかといえばそうでもなく、怪我などをしていないか心配でなりません。

 

 

 

                 ■

 

 

 この週末の天気予報が芳しくないという事で急遽横須賀追浜まで行ってまいりました。

 

 明日は数少ない小田原開催ですからなんとか無事に挙行できる事を祈りたいと思います。

 

 

埼玉西武2-4横浜DeNA

勝:武藤

S:田村

敗:中塚

観客数:893名

 

 

 

 

以上