清原逮捕について涙ながらに語りたい
僕はいつもプロ野球選手や関係者に敬意を払う目的で、ブログ内では名前に敬称をつけるよう心掛けてきたのですが、今日のエントリーについては、あえて清原と呼び捨てをしたいと思います。
さて、このポスターは2008年10月1日水曜日に大阪ドームで行われたオリックスとソフトバンクの一戦で来場者に配布されたものです。
こういうものを後生大事にしまいこんでいるような人間なのです。僕は。
あえて清原ファンを自称するつもりもありません。ただ、プロ野球の歴史上、極めて特異な、特筆すべき、非常に特別な存在であったと、そのように捉えています。
好きな人もいるでしょう。嫌いな人もいるでしょう。ただ、この時代に生きた者としてはいやが上にも意識せざるを得ない、特別な存在であった事に違いはないと思います。
その清原が、こんな小さな犯罪を犯す残念さと言ったらどうでしょうか。言葉が見つかりません。
誤解を恐れずに言えば、僕は酒の常習者と違法薬物の常習者など目くそ鼻くそだと考えています。意図して脳の動きを麻痺させる事で快楽を得るのがそんなに楽しいのか、僕にはよくわからないからです。
だからこそ、なぜ酒ではなく薬だったのかという憤りがあります。
僕は違法薬物をこの目で見た経験すらもありません。もしかしたら酒より違法薬物の方が魅力的なものなのかもしれませんが、それを求めだしたらキリが無いではありませんか。なぜ酒で我慢できなかったのでしょうか。
数年前にこの世を去った伊良部さんの事も思い出します。
伊良部さんはロッテの選手でしたから、ブレイクする前の頃から川崎球場でよく見ていました。ですから亡くなった後になって囁かれだした、不器用さであるとか、孤独だとか、周囲からの誤解であるとか、そういったエピソードの数々も、今でもとてもよく覚えています。
考えれば考えるほど、同じようではありませんか。
違うのは、伊良部さんは自ら命を絶つことを選び、清原は薬に逃げた。死なずに済んだのがせめてもの救いだったのかもしれません。
僕は日頃監督や経営陣に対して非常に厳しいことを書いています。ですが、清原に対しては、あまり厳しいことが書けません。身内贔屓みたいなものかもしれません。その点について僕に不満を持たれる方がいらっしゃるとすれば、まさしくその通りだろうと思います。
ですが、甘いことを承知の上で、ぜひ清原に野球をさせてあげて欲しいと願いたいのです。清原が更生するためには野球以外にないと思うからです。
清原が道を踏み外したのも、野球から離れてしまった事が原因としてあるのではないでしょうか。
だからこそ、客寄せパンダでもなんでもいいから、独立リーグでもいいから、どこかでコーチの職を与えてあげられないものでしょうか。
それこそ最低賃金も同然の金額で、四六時中野球漬けで遊ぶ暇も金もなく、家に帰れば薬をやる余裕もなく疲れて眠ってしまうような日々を送らせてあげられないでしょうか。
昔は犯罪を犯した人間へ更生の道を与えてあげられるだけの余裕がありました。侍ジャパンの監督だって前科一犯ではありませんか。KKコンビの相方だって若い頃に散々やらかしていたではありませんか。
それでも今は立派にやっているのだから、清原にも更生への道を与えてあげられないものでしょうか。
僕は法律家ではないので詳しい事を断言するわけにはいきませんが、刑務所に入るほどのものではないのではないでしょうか。数ヶ月も経たない内に執行猶予とかで拘置所から釈放されてくるのではないでしょうか。
その時に、むやみにバッシングしないでもらいたいと思います。バッシングすればするほど更生の道が危うくなると感じるからです。なるべく優しく出迎えて、周囲の協力を得て、医療の力で依存症から脱却して、そして何らかの形で野球界へ戻ってきてもらえないものでしょうか。
時代を象徴するスターがこのような事態に陥ったのは残念でならないけれども、ただ残念と言葉を述べるだけでなく、なんとかして更生への道を考えてあげて欲しいと、そのように切望する次第であります。
以上