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ベイスターズを二軍中心に見守るブログ 本店

毎年20~30試合ほどベイスターズ二軍の試合に足を運ぶ我慢強い男のブログ。野球関連の問題提起や将来へ向けた改革提案等も

くたばれ読売問題

 

 比較的若いプロ野球ファンの間では、ヤクルト応援団が行う「くたばれ読売」という応援のやり方を好ましく思わない人が少なくないのだそうで、ジェネレーションギャップだなぁとしみじみしております。

 

 昨今の一般常識などを踏まえれば、その「くたばれ読売」を好ましく思わない人達の考え方がたぶん正しいのだろうと思います。余所の球団に対して「くたばれ」と声をかけるのは下品でしょうし、なかなか失礼であるだろうと思います。

 

 ですから、そうお考えになる方々にそのお考えを変えて頂こうとは露ほども思いませんし、むしろそういう人達が増えていくことがプロ野球ファン全体の為にも良いのだろうと申し上げておきます。

 

 

 しかし、その上で古いプロ野球ファンとして申し上げたいのが、かつて我々非巨人ファンが味わい続けてきた不遇な日々というか、蹂躙され続けてきたプロ野球ファン人生にも少しは思いを致して欲しいという事です。

 

 非巨人ファンが、かつてどれだけ虐げられてきたのか。いじめ抜かれてきたのか。このトラウマのようなものの一端を知ってもらうことが、「くたばれ読売」問題に非常に重要な意味を持つと、僕は考えております。

 

                ■

 

 さて、僕は子供の頃から二十代まで西武ライオンズのファンでありました。毎年開幕前になると原宿のコクド本社内にあるライオンズコーナーというグッズショップに出掛けていってはファンクラブの入会手続きを済ませるような、敬虔な西武ファンでした。

 西武ファンになった理由は非常に単純で、母の実家が所沢の隣にある東京都清瀬市だったからです。ちょうどライオンズが福岡から所沢に移転した時期と僕が生まれた時期が重なり、母の実家では近所にプロ野球チームが来たのを大変喜んで一家で西武ファンになったので、その繋がりで僕も西武ファンになったのです。

 僕が生まれて初めて見に行ったプロ野球の試合は西武球場こけら落としの試合だった、という位の筋金入りの西武ファンであります(物心付く前の赤ん坊でしたけど)。俺の身体にはライオンズブルーの血が流れていると言わんばかりの、熱い西武ファンでした。

 

 しかし、川崎南部に住む僕の身の回りには、西武ファンはおろかパリーグのファンすら存在しませんでした。子供が自転車で行けるような範囲にロッテオリオンズの本拠地があるにも関わらず、です。

 

 そもそも、西武とかパリーグとか以前に、巨人ファンでないものには人権など存在しないかの如き、そういう社会でした。ちょっと前に「翔んで埼玉」という埼玉をディスる漫画が話題になりましたが(※)、あの漫画の中における埼玉県民を僕のような非巨人ファンにそのまま置き換えてもらえばわかりやすいと思います。

 

※ 翔んで埼玉↓

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 さすがに大人が子供の僕にアレコレ言うことはないだろうと思いきや、会う大人会う大人みんなして「なんで西武なんか応援してるの?」「西武ファンなんかやめたほうがいいよ」と、容赦のない宗教弾圧が加えられました。

 自分の両親は野球に全く興味がなかったので、親から改宗を求められずに済んだのが不幸中の幸いだったと思います。

 

 テレビのニュース番組では、巨人の試合結果はしっかり映像付きで事細かに振り返るのにセリーグの他球団は手短にサラッと流すだけで、パリーグに至っては3カードの勝ち負けをまとめてテロップで表示させるだけ、という粗雑な扱いをされていました。文化放送ライオンズナイターだけが僕の心のオアシスでした。

 

 清瀬市に住む同い年の従兄弟が僕の唯一の西武ファン仲間だったのですが、やがて周囲からの宗教弾圧に屈して巨人ファンに改宗してしまいました。その時は、本当にこの世の中に信じられるものなど何もないのだと思い知りました。

 

 思い出深いのが1987年と1990年の日本シリーズです。どちらも僕が応援する西武と、僕以外全員が応援する巨人の対戦で、試合の翌日の小学校では巨人ファンの男子十数名を相手にものすごい罵り合いを繰り返していました。

 1987年の日本シリーズが終わった後は清原を奪いとった西武は卑怯だの汚いだのと理不尽な言いがかりをつけられ、1990年の日本シリーズは4-0のストレート勝ちだったにも関わらず西武は卑怯だとかインチキだとか、言いがかりと呼ぶのも躊躇われるような意味の分からない罵声を浴び続けてきました。

 

 よく一緒に川崎球場に通っていた幼なじみのS君から、中学生になってからカミングアウトされた事もありました。

 今までみんなの前で自分は巨人ファ ンだと言ってきたけど、本当はロッテファンなんだと、周りの目を気にするように、絶対に秘密だと入念に前置きしたうえで告白されたのです。どうりで積極的に川崎球場に行くのに付き合ってくれたのかと、その時はカミングアウトしてくれてとても嬉しかったのをよく覚えています。

 そういうふうに、ロッテファンが人前で自らがロッテファンだと公言するのを躊躇うような、そういう時代だったのです。

 

 これは僕特有の事情ですが、僕の本名は「卓」と書いてスグルと読むのですけれども、それでおわかりいただけると思います。二言目には「江川」と呼ばれ、たまにバージョンが違うと「キン肉マン」ですから、これがますます巨人に対する憎しみを募らせる理由にもなりました。

 

 たぶん、昭和30年代から60年代にかけて巨人以外のプロ野球チームを応援していた人の多くは、大なり小なりそういう経験をしてきたのではないかと思います。

 

 とりわけ、本拠地がすぐ近くで、現職のオーナーが自ら巨人ファンであることを公言するなどして蹂躙され続けたヤクルトのオールドファンの方々は、そういう思いが一層強いのではないかとお察しするのであります。

 それが今に至るまで「くたばれ読売」を続ける動機になっているのだとすれば、理解できない話では無いのではないでしょうか。

 

 これは、我々非巨人ファンの積年に渡る怨念なのであります。

 

                ■

 

 今は12球団に幅広くファンが分布するようになって、本当に良い時代になったと思います。

 

 テレビのニュースで非巨人のチームについても詳細にわたって取り上げてもらえますし、自分がどこのチームのファンであっても気軽に公言できる雰囲気がありますし、どこを応援していても尊重される雰囲気があります。

 

 僕は「くたばれ読売」を快く思わない人が増えるのが良いと冒頭で申し上げたのも、昨今のプロ野球ファン界隈がリベラルで心地よい環境になったと評価しているからで、これは永遠に続いて欲しい良い風潮だと考えています。

 

 プロ野球には長い歴史がありますので、時々昔のプロ野球を振り返って、何が良くなって何が悪くなったか考える時間を設ける事も必要なのではないかと、そのように考えた次第です。

 

 

 

以上